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映画ココ感想(ネタバレ有り)

2020年12月25日(金)に公開された「劇場版ポケットモンスター ココ」の感想です。ネタバレ有り。記事全体で8000字ほどの分量があります。

 

■あらすじ

人里から遠く離れたジャングルの奥地。
厳しい掟で守られたポケモンたちの楽園、
オコヤの森があった。

そこで仲間たちと暮らしていた頑固者のザルードは、
ある日、川辺で人間の赤ん坊を見つける。

「ニンゲン、これが……」

見捨てられないザルードは、
森の掟に反して、赤ん坊をココと名付け、
群れを離れてふたりで暮らすことを決意する。

ポケモンが人間を育てる生活が始まって10年。
ココはオコヤの森にやってきたサトシとピカチュウに出会う。
初めてできた「ニンゲンの友達」。
自分のことをポケモンだと信じて疑わなかったココの胸の中に、
少しずつ疑問が芽生え始める。

「父ちゃん、オレはニンゲンなの?」
自分はポケモンなのか? それとも人間なのか?
悩むココだったが、ある日、
招かれざる人間の足音が森に近づいてきて、
平穏な日々が一変する――。

 

ポケモン映画公式サイト「劇場版ポケットモンスター ココ」│ストーリー(閲覧2020年1月31日)

https://www.pokemon-movie.jp/story/index.php

 

ポケモン公式サイトは毎年同じURLで映画の紹介をしています。

ポケモン映画公式サイト「劇場版ポケットモンスター ココ」

 

 

 

鑑賞前に観た予告やCMの雰囲気が感動系でよさそうだったのでちょっと期待しつつ、でもあんまりハードルを上げないようにして観ました。映画を見終わった第一印象としては、「よかったのでは???」です。

 

■キャラクターなど

冒頭、ザルードがひとりではなくたくさん出てきたのは、予告にもちらっと映ったのですんなり受けいれましたが、他のザルード達もめっちゃ喋るのにはちょっとびびりました。かなり不安な幕開けでしたが、サトシ達には普通のポケモンの鳴き声にしか聞こえていないようだったので、あれはザルード達の言葉を映画を観ている人達にも分かるように翻訳された状態だと知ってちょっと安心。

「掟の歌」とか流れてるし、セリフ全部鳴き声でもいけたのでは…!という考えも頭をよぎりましたが、大衆向けなことを考えるとわかりやすさの方が大事だよな、ととりあえず納得。でも昔の機内OVAみたいな通訳無しのガチバージョンへの未練もやっぱりちょっとあります。

ポケモンが言葉を喋るのはまあいいとして、父ちゃんザルード以外のセリフのあるザルードは全員男性声なのはちょっとげんなりしました。ザルードは、他の多くの幻のポケモンと同様「性別不明*1」という性別設定なのに、声のせいで性別のイメージが明確になってしまっているうえ、「無徴だと男性扱いになる」偏見や傾向を強化している問題もあります。口調はあくタイプっぽく乱暴なままでもいいのですが、声はもっといろいろな声のザルードがいてもよかったのではと思いました。

また、ザルードは腕のツルを使ったアクションが随所に見られましたが、これはとてもかっこよくできていてよかったですね。バトルシーンの迫力が最高でした。それにしても器用にツルを動かすなぁ~ツルなのに、と思いましたが、昔から「つるのムチ」を器用に自由に動かしているフシギダネチコリータなどの前例があったのを思い出しました。

あと、固有技であるジャングルヒールが重要な役割になってるのもよかったです。ただ幻ポケモンとしての個性を出すためにオリジナル技があるのかな~くらいに思っててすみませんでした。

 

今作はココが主人公でした。終始、彼の行動や成長を追っていたように思います。冒頭のオープニングにて赤ん坊のココが出てきますが、赤ちゃんシーンはほぼこれだけなのでよかったです(人間の赤ん坊のビジュアルが苦手)。

ココの一番のびっくり印象ポイントは、「ポケモンの技(ジャングルヒール)」を使用したところですね。「ポケモンの技を使う人間」って以外とこれまでいなかったように思います(でんこうせっかを使うタケシとかはネタなのでノーカン。知らないか忘れているだけで誰かいたらすみません)。昔の自分だったらうーん…ってなってたかもですが、今の感想としてはぜんぜんアリです。ポケモンの技を使える人間がいてもいいし、技を一切使えないポケモンがいてもいいよね。「能力などの基準を用いて非人間動物と人間を区別するのが難しい」ように、「ポケモンとヒトを区別できる能力や特徴」なんて無いのではと考えるほうがいいと思います。つまり、「ワザを使えるのがポケモン、使えないのが人間」というような特徴を根拠にしたポケモンとヒトの区別は難しく、ポケモンもヒトも連続的な存在だと考えます。シンオウ神話では「むかしは ひとも ポケモンも おなじだった」と語られてはいるものの、ぶっちゃけ現代人が人間を特別視しているだけで本当は今も同じなのでは?と考えてもよいのではないかと思います。

そういえば、ポッドキャストでも「ポケモンとヒトの違いってそんなにないのでは」みたいなことを言っていて、そこもひっそり期待していたのでココが技を使ったのでなるほどねーと納得。あとココの特徴、「ポケモンに育てられた(ことがある)」「ポケモンの言葉が分かる」「義理の父親がいる」などとBWのNと共通点多いよなあと考えてたらポケモンマスターズでNが実装されて笑ったんですけど、やっぱりタイミングは意識したのかな…。ちなみにこのガチャはダメでした。

最後にココが旅に出るの、唐突でびっくりしたんですけど、予兆とかありました??でも旅に出るエンドは好きです。そういえば、ポケモンにおける主人公達は皆旅に出るところから始まることが多く、旅に出る決心をするまでのお話ってあまりなかったよなぁと思いました。最近の主人公はあまり旅に出ないので、久しぶりにまだ見ぬ未知の場所への旅、というわくわく感を感じられてよかったです。

 

今回のサトシも『みんなの物語』の時のように、持ち前の行動力で回りを動かしていき風のように去って行く存在だったように思います。話の中心はココでしたが、サトシもちゃんと活躍していて良かったです。ハデな活躍シーンはピカチュウのバトルシーンなんですが、見ず知らずの相手であるココに対して積極的に関わっていくサトシがいてこそ物語がどんどん進んで行くのも楽しかったです。

サトシについてダントツびっくりなのが、父親に言及したことですね。映画自体の宣伝で「親子」を強調していましたが、まさかサトシがパパについて話すとはまったく予測していませんでした。確か、TVアニメシリーズでサトシのパパについて言及したり取り上げたことってなかったですよね…?

ちなみに過去の作品を広く参照すると、TVアニポケ初代無印シリーズの脚本などを担当していた首藤氏による小説(『ポケットモンスター THE ANIMATION VOL.1』1997年)において父親への言及はありました。ただ、ここでの設定は小説オリジナルの完全パラレルワールドなので(サトシの実家が食堂になっていたりする)知らなくても矛盾していても問題ないわけですが。ちなみに小説版のパパは「サトシが生まれてすぐ旅に出て、それっきり帰ってこない(p21)」そうです。

小説の設定はなかったことにしてサトシのパパがいてもいいんですが、今回のココに合わせて初言及する必要もなかったのでは、と思いました。父親がいない家庭で育った人なんていくらでもいるわけだし。サトシのパパ、別に消息不明のままでもよかったんじゃないかな~という思いもぬぐえないです。

 

ロケット団の服装が『みんなの物語』の時と同じっぽいの、正直あの服装はいまいちだよなぁと思うので残念なんですが、これが映画の特殊時空を演出するアイテムのひとつというのもわかるのでモヤモヤします。女性キャラのムサシだけ肌の露出が増えるの、勘弁してほしいんですが…。ロケット団といえば、変装しているニャースの手が5本指になっていたんですけど、これは作画設定のミスですよね??ニャースの指は3本なので…。

 

数年前からTVアニメとは大きく時空を分かつ世界線の映画が続いていますが、背景に映るモブポケモンにガラル地方のポケモンがたくさん映っていて嬉しかったです。ホシガリスやウッウ、タイレーツなど、ストーリーに関わるポケモンも概ねガラルのポケモンで、その子達の活躍を見ることができてうれしい。

特にホシガリスがかわいかったです。動きも表情も声もよかった。よかったので、ホシガリスのぬいぐるみをポケモンセンターオンラインで注文しました。こうやって好きなポケモンが増えていくのは楽しいです(ポケモンは全員好きなんですが)。新たな映像作品を見る楽しみにはこういうのもあります。

そういえば色違いセレビィ、最後のほんの少ししか出なくて笑いました。みんなの物語の時のルギアみたい。ザルードのピンクのマントに書かれている数字(251)がセレビィの図鑑番号なので、ほぼ概念での出演という感じ?それにしても、セレビィがタマゴを時空を超えて運んでいるみたいな話、本当だったらかなりヤバイやつですね。幻のポケモンの気まぐれさ(?)でゆるされるのか…。

 

■ストーリーなど

感動系のお話で、よくできているなと思いました。試写会の時なども隣からすすり泣く声も聞こえましたが、まあわかる、という感じ。

ポケモンに育てられた人間」という境界が曖昧な存在により、「ワザを使う人間」というとっぴなことに説得力を持たせるような新たな挑戦もあってよかったです。サトシのパパへの言及もそうですが、映画という場で、ネタバレ御免なこれまでにない取り組みが行われるのは基本的に歓迎します。

インタビューなどで特に「親子の愛」みたいなのも宣伝されていたのでちょっと不安だったのですが、思ったよりかはダメージが少なかったです。家族主義的なところはありますが、その家族の形が特殊で、異性愛主義や血縁主義は脱していたのが良かったのだと思います。

例えば、ホシガリスがザルードによる子育てを手伝うポジションではありましたが、ザルードの「父」に対して「母」のような役割にはなっておらず、どちらかというと兄弟のような接し方だったのはいい関係性だと思うし、種族の違いには言及しても血のつながりの無さには言及されるセリフはなかった(と思う)ので、安心して観れました。

またココも、「育ててくれて感謝」みたいな感じではないし、ザルードも「ココに対して酷い行いもあるけど愛してる」みたいなことがなかったので、素直に2人を応援できたのもよかったです。2人とも、家族以外の依存先(ザルードの群や森のポケモン)があり、家族の枠内で物事を解決しようとしていないのもよかった。

あとこれもいいなと思ったのは、ザルードはもともと、ココによるケアを必要としてはいなかったところです。ここでいうケアとは物理的な傷を治す話ではなく、ココと出会う前のザルードに何か大きな悩みとか生きづらさなどがあったわけではなさそうだ、ということです(群れの仲間との関係性も悪くなさそうだったし)。つまり、ザルードはココと出会わなくてもそれなりに充実した人生を送れた存在だったわけです。生きづらさや満たされ無さを子育てによって変えようという思いはなく、幼くか弱い子供を世話することでオレも成長したぜ!みたいな感じでもなく、まあザルードは父親とは何か?という自問への答えはだしたりしましたが、でも結局、ザルード達の変化はココの"存在"ではなくココ達の行動による物だった、というのがよかったと思いました。

ただやはり、作品全体に漂う「家族っていいぞ」の押しつけがましさはきつい物があります。サトシの「ケンカすることがあっても家族なら仲直りできる」みたいなセリフとか、「父ちゃん」という言葉が繰り返しでてくるのとか、ちょっと家族を神聖視しすぎ感があるし、ぶっちゃけ2人の関係性は「親子」というラベリングをしなくてもよかったのでは?とかも思いました。

「家族なら仲良くできるはず」「家族は助け合うべき」という道徳が日常会話から社会制度にまで浸透していて、そのせいで生きづらさを抱える人も多くいることが可視化されていきているのに、無批判的に「でも家族同士なら問題が起きてもきっとなんとかなるハズ!」みたいなのを再生産されて残念な気持ちです。血縁の家族との関係性が悪い人なんていくらでもいるのに、そのような人達はいないことにされているようで悲しい。「家族といっても皆他人なんだから仲良くできないことなんて普通にある」というメッセージの方に救われる人もいると思うのですが、あまり見ないし。

そして、「ココとザルード」は主流秩序からはずれた家族関係を結んでいてよかったのですが、劇中背景に出てくるモブ家族が、男女両親に子供!といった規範バリバリ家族で萎えました。同性カップルとか3人親とかがいてもよかったのでは?どうせなら、作品全体を通して「フツーの家族」にメスを入れてほしかったなと思いました。

 

 

ポケモンはよく、「野生動物」や「自然」のメタファーとして描かれることが多くあるわけですが、その辺りの描写が今作は特によかった思いました。

人間が森へ分け入っていく理由として何が採用されるのかな、と不安でしたが(農地や家畜放牧のための伐採、放火が現実世界では多数を占めるのに、理由無くそれ以外の森林破壊があったら萎えるなと思っていたので)「木の内部のエネルギー源」という超フィクションだったので安心しました。

何より、ゼッド博士が「多くの人間の命を救うため」に神木を目指し、木や森を破壊したのに対し、「人間の命を救うためとはいえ、ザルードを初めとするポケモン達の命や生活を脅かしてはいけない」ということを明確に示していて、やるじゃん、と思いました。と同時に、現実世界では人間の命を救うために非人間動物の命や生活を軽視しているのに、そのことについてどう思っているんだろうとも思いました。

人間の命のために…の最たるものとして動物実験が真っ先に思い浮かび、ポケモンブランドは動物実験に対してどのような立場なんだろうと気になったのでちょっと調べてみましたが、とりあえずポケモンデザインのコスメを多数発売しているLovisia動物実験をしていないそうでした(問い合わせ確認済)。ただし商品の成分にはコラーゲン*2などが入っているので、結局動物を利用していることにはなりますが…。ポケモンのコスメは他ブランドとのコラボ商品が多いので、ポケモンブランドとしての動物実験への態度はかなり不明瞭です。

せっかく映画では「人の命のための動物・自然の搾取」への批判を明言したので、この倫理観にそったブランド運営をしてほしいし、さらに「人間の娯楽や快楽」のために搾取される動物についても目を向けてほしいんですが、あんまり期待できそうになく、作中のメッセージがかすんでしまいうーん…。

 

自然と言えば、「花火」が肯定的に出てきたのが引っかかりました。物語の最後、この花火も重要なアイテムだったので出さないわけにはいかないんですが、自然や動物にネガティブや影響を及ぼす花火を「自然への搾取に反対」するメッセージも出している映画で無批判的に扱われては、映画のメッセージがかすんでしまうように思います。

劇中でココは花火の音などに驚いていましたが、実際に花火の音などが、鳥たちの命や生活を脅かしています。雷などの自然現象が動物たちに悪影響があるとしても、それは花火の悪影響を肯定することにはならないし、自然や動物に悪影響のある娯楽は極力やめるか他の物で置き換える必要があると思います。

今作における「花火」に代わる印象アイテムが他に思い浮かばないのであまりこのことについて強くは言えませんが、「あの花火のせいでケガをしたり亡くなったりした鳥ポケモンがいるかもしれないのに…」という考えが頭をよぎるのでモヤモヤ…。

花火がいいモノとして出てきたのは残念ですが、花火を模したザルード達なりのココへの見送りは、流れる音楽も相まってとてもよかったですね。うまく言葉にできないけど、一緒に暮らしたり同じ時間を過ごすことだけが、愛ある相手との関わり方ではないのだと思いました。

 

■まとめ

映画としてはよくできているし楽しめる要素もたくさんあり、それなりに満足です。ただ、主軸になっている「親子愛」についてはかなり人を選ぶし、少なくとも自分はその辺りで共感できるものはありませんでした。「親に感謝」とかも思わないし(親との関係が特に悪いというわけではなく、親の都合で一方的に生まれることを押しつけられたのがありがたくない)、当然子供もいないし血縁・非血縁問わず将来的に子供を育てることもないのでちょっとしらけた気持ちになりました。ココとザルードがお互いを思いやっているのはよかったですが、別にそれを「親子」と呼ぶ必然性はなかったのでは?と思う気持ちが強いです。

「親子(家族)愛規範」的な物に耐えられる人なら、可愛く魅力的なポケモン達や迫力のあるアクションシーン、ポケモンや自然を尊重する展開など、色々と楽しめると思います。あともちろん、ポケモンを全然知らなくても問題ないです。今作を含む最近の映画の世界線は、過去の映画シリーズやTVアニメシリーズなどとはまったくの別次元なので、正直自分もそんなにあの世界のサトシのことは分かっていません(「いつもの親子」のような小ネタは知らなくても問題ないし)。

個人的に作品のメッセージとして一番よかったのはやはりゼッド博士の「人間の命を救うためにポケモンの犠牲はやむを得ない」というのが否定されたところです。もっとこれにフォーカスした記事とかあってほしいなと思いましたが、話のネタバレにもなるので難しいのが残念。このような主張や立場に同意できる人にも見てほしいけど届きそうにない…。

 

■その他

映画の内容とは直接関係ない話として、まず「来年の映画」についての予告がありませんでしたね。次回作はあるのかな、大丈夫かな、と不安になりましたが、そもそも2020年12月公開の映画なので公開中に「来年」になってしまうため「来年も見てね」とお馴染みのヤツはどちらにしろできないですね。次回作をやるとしたら、2021年の夏は期間が短すぎてむりだし、2021年冬の可能性も低そうだし、2022年夏が一番可能性が高そう。そもそも次回作やるか知らんけど。

あと、映画公開に合わせてインタビュー記事が色々と出ていますが、これがまた微妙…。特に親子愛の話が多く、「キミのお父さん達も」みたいに「あなたの親や子供を思い浮かべて」のような話が何度も出てくるのがキツい。父親がいない家庭も普通にあるし、親との関係がよくない人や子供がいない人が想定されていないようで、なんとも遠い世界に感じる内容が多いです。

やっぱり「親子愛」ってテーマが古いんじゃないかな…。問題を抱える家族関係や、家族主義の有害さが指摘される昨今、「親子の絆」を肯定するインタビュー記事を見ると映画そのものに不安を覚える人も結構いそうだなぁと思うんですが…。やっぱりなんかもっと、自然や動物に対する向き合い方、ポケモンとヒトとの違い(なんてないんじゃないか?)というメッセージを取り上げた記事があってほしかったなと思いました。

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劇場版ポケットモンスターココ感想サムネ

 

*1:ポケモンの性別は「性別不明」「メスのみ」「オスのみ」「メスorオス」のいずれかに当てはまる。「性別不明」は、伝説・幻のポケモンや、無機物っぽいポケモンに設定されている場合が多い。

*2:一般に動物の皮や骨などから抽出されている