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ポケモン映画2018『みんなの物語』感想

ポケモン映画第21作目として2018年7月13日(金)に公開された劇場版ポケットモンスター みんなの物語の感想です。ネタバレを含みます

 

※小説版も読みましたが、今回の感想を書くにあたって、考慮していません。

※"(ポケモン名 西暦)"の表記については、歴代のポケモン映画のメインポケモンと公開年を示しています。

※現時点で映画は3回見てます。

 

ポケモン映画公式サイト↓ 

http://www.pokemon-movie.jp/

ポケモン映画プレイバック・ザ・ヒストリー↓

http://www.pokemon-movie.jp/history/

 

 

 

 

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昨年の『キミにきめた!』に引き続き、TVのアニポケのサン&ムーンとは全く別次元の世界観でお送りする、「ポケットモンスター」の題字が青一色のシリーズ(?)が、今年も続きました。

事前に判明しているストーリーでは、メインの人間キャラ5人がストーリーの軸になるらしい?というくらいしかわかりませんでした。サトシと5人の仲間達が、風祭りで出会い、物語が動き出す、らしい。人間キャラがここまで話の軸にくることがなかったので、どうなるんだろうという。

 

映画を見た感想、5人の悩みと踏み出す一歩、キャラクター達の出会いと協力、そしてポケモン世界の物語として、ひとつの映画にまとめていて、よくやったなぁと思いました。「ポケモンの映画なんだから、ポケモンをメインにしないと!」から一度脱却し、人間を軸にしてストーリー性を高め、でもポケモンの世界であることは忘れずに。これを映画でやれたのはポケモン映画にとって、本当に一歩踏み出した感じ。

ちなみに、今作を見て一番印象に残ったのは、新ポケモンなのにポスターにすら載らないゼラオラでした。映画全体を通して一番魅力的だったのはゼラオラです。

 

 

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映画冒頭では、ウラシティを訪れたサトシ、そして、主要5人の悩み・思いを描写しながら、風祭りが進んでいきます。

このメイン5人の抱えるものが、必ずしもポケモンが関係ないというところが、これまでのポケモンとは大きく異なるなと思いました。リサは「ケガ以降走るのが怖い」カガチは「嘘がやめられない」、トリトは「気弱」と、現実にありそうな経験・性質になっています。

過去作にも、人間キャラの悩みや葛藤が、ストーリーにそこそこ関与していた映画ゲストキャラはいます。バトラー(ジラーチ 2003)は、自身の研究を否定されていました。また、トオイ(デオキシス 2004)はポケモンに触れないのがトラウマでした。どちらも、広く解釈すれば、共感の話もできますが、設定的には現実と距離感があります。今作における悩みは、そこの距離感がだいぶ縮まっているなと思いました。

 

 

 

おなじみ主人公のサトシ、今回は皆の背中を押す役割に徹していたのが印象的でした。前作(2017)で、サトシの挫折やピカチュウとのキズナをメインに描いた反動(?)か、サトシの内面・成長・感情について、ほぼ触れられていません。

ピカチュウとの仲はバッチリで、いろんなポケモンと仲良くなれちゃうサトシ」が、そのままフウラシティを吹き抜けた感じで、主人公力が高い。アニポケXY・XY&Zの監督になったからか、その頃を彷彿とさせるイケメンっぷりでした。でもキャラデザがかわいいのでそこまでかっこよさは全面には出てないかなとは思ったり。

基本的にこれまでの映画は、サトシに感情移入し、サトシの視点で進むタイプのお話が多かったと思います。ですが今作では、ゲストキャラに自分を重ね、ゲストキャラの視点で物語を追い、サトシの活躍を目の当たりにするかのような、そんな風に感じました。

 

物語序盤のサトシの見せ場のひとつが、ポケモンゲットレースです。この世界のサトシとピカチュウは既に気持ちが通じ合っていて、ピカチュウは有能であることが、暴れるバンギラスを救うこの一連のシーンから分かります。

アーボがかっこよく戦っていて感動しました。あとヒトデマンがかわいい。みんな劇場版ですばらしい活躍の場があってよかったね……。ほぼ2世代のポケモンしか登場しないのかと思いきや、マニューラがいてびっくり。

サトシがバンギラスの背中に乗る必要はあったのか?とか、助けたバンギラスを運ぶならボールに入れた方がいいのでは?など思っちゃったりしますが、サトシは体を張ってポケモンを助けようとする人なので。物語後半でも、ポケモンに、体を張って向かっていくサトシくんがおります。

 

 

 

リサちゃん、最初の予告から登場していましたが、前情報では、リサは「ポケモン初心者」という触れ込みでした。、彼女の悩みは、「陸上競技をやっていたが、怪我をしたことがきっかけで、陸上をやめてしまったこと」でした。陸上競技という概念を持ってくるに辺り、映画冒頭で陸上部の様子をちらっと見ながら帰るなど、学生設定にする意味は一応あったかなと思います。でもせめて“女子高生”ではなく“女子高校生”と呼ぶべきだったとは思いますが。

いやでも、英語版だと“young athlete”って書いてあるし、初めから(元)スポーツ選手として出せばよかったのでは?スポーツなら以前からポケモン世界にあるし、それでよかったのでは……。

 

ポケモン世界、“フツーの学校”というものが全然出てこないので、「陸上競技での悩み」というのが新鮮に映りました。「トレーナーズスクール」は、わりと昔からあったので、学校という概念は何度か扱われたこともありますが、部活動というのはそういえばなかったかなぁと。ポケモンの世界にフツーの学校って…という違和感はありますが、存在しないとも言われてないので、あるのかもしれない……。

怪我は治ったのに走るのが怖くなって、ずっと走らなかったリサが最後、“聖火”を持って走ります。ポケモンが側にいてくれるから、その一歩を踏み出せた、他の誰でもない、ポケモンの頑張る姿に後押しされるのは、ポケモン世界ならではですね。

でも、捕まえたばかりで懐いていなかったイーブイが、いつの間にかリサを勇気づけるようになっていて??イーブイは、本能(?)で察したやらなきゃいけないこととして聖火の移動を試みていて、それを見たリサが、応援されているように感じた、くらいの距離感だったらいいなぁと思いました(妄想)。

ポケモンの世界にギャルっぽい(?)キャラがいるの、これまではあまりなかったと思いますが、全然アリだと思います。ポケモントレーナーとして自己表現する女の子が当たり前にいるポケモンの世界なら、派手な格好で自己表現する女の子が当たり前にいてもおかしくないですね。

イーブイ、昔は比較的レアなポケモンだったのに、レアじゃない扱いされていてちょっと違和感。昔は野生として出現せず、また設定的にも個体数は少なかった気が。でも、最近は野生で出現するようになっているので、自分の感覚が時代に追いついていないのか、と悲しみを覚えたり。

 

 

 

カガチですが、彼の話が一番よく分からなかったです。ウソッキーがどうしてあんなにカガチになついてたのかわからなかった……。

ウソッキーは、最初から彼の手持ちポケモンだった訳ではなく、物語後半に、彼の手持ちポケモンになりました。物語序盤のポケモンゲットレースで、ゴルダックから逃げているウソッキーをカガチが助けたところから、ウソッキーはカガチに勝手についてくるようになります。

ウソッキーのピンチをカガチが助けたから、そのままなつかれるのはわかりますが、リリィ(姪)に嘘がバレて自暴自棄になっているカガチを追ってきてまで励ましてくれるのはどうして?と思いました。一度捨てたモンボを拾って自ら手持ちになるのも、あそこまでする?と感じました。そもそもポケモンが所有されにいくってどういうこと?というのはポケモン全体への疑問になるのでそれは置いておいても。

あと、物語中盤のトリトの研究発表会にて、トリトのミスで、ポケモンゲットレースでカガチがトリトに協力していた映像が流れ、さらにポケモンを持ってすらいないことがバレます。それを見たリリィが、「おじさんなんて大嫌い!」と叫んで、そのまま倒れてしまいます。カガチは、あわせる顔がない、と言ってリリィには何も言わず、リリィ達はフウラシティを去ることになります。カガチはポケモンを持っていないのに持っていると嘘をついていて、そのことについて謝ったわけでもないのに、リリィが、おじさんにひどいこと言っちゃった…と後悔していて、どうして?と思いました。

あと、妹のミアさん、カガチと全然似てなくないですか?もし“妹”ではなく“弟”だったら、もっと兄弟感のあるキャラになったのでは?あとリリィちゃんは可愛くデフォルメされすぎてちょっと……。(エンテイ 2000)のミーちゃんくらい淡泊な描かれ方の方が好きです。ミアは人格がない女性キャラって感じだし、リリィは都合良くキュート過ぎて、ちょっともやもや。

映画の感想からは離れますが、ポケモン映画の感想に、“幼女”みたいな言葉を使うのはどうかと思いました(何かみた)。

 

 

 

トリトは、人見知りで気弱で、フウラシティへは研究発表のために来たとのことでした。人見知りというか、対人コミュニケーションが苦手っぽい感じ。話しかけられただけで驚いてます。でも驚いた時の動きがよい。

自分に自信がなくて、一人でなんとかしようとしていたトリトですが、最後、ラッキーに背中をさすってもらい勇気を貰うことで、他の研究者達への自分の考えを伝え、一緒に協力して、事件の解決に臨むようになります。

トリトは、ラッキー以外にも手持ちのポケモンはいるし、ポケモン研究者という、この世界ではお馴染みの職業に就いており、一番ポケモンの世界に馴染みがある感じですね。もしTVアニポケに登場したら、サトシから発破をかけられることになりそう(?)

ラッキーは、他のポケモン達に比べて主張は控えめでしたが、一緒に木陰に座ってくれたりするところとかよかったですね。トリトの前に立って励ますのではなく、一緒に側で座ってくれるラッキーかわいい。

トリトのポケモンラランテスがいてびっくりしました!お前アローラの!何で?嬉しくてガン見してたら、ラランテスの触覚の色のミスを発見してしまいました。大した活躍こそなけれ、アローラの子がスクリーンに映っただけでもよかった。

ところで、風祭り2日目の研究発表会で、緊張でがちがちになっているトリトに対し、ヒスイが「男だろ」と言っていて、それ性別関係ないでしょ…と思いました。彼は、「いつでも、他人とポケモンのことを第一に考えている」(他研究者談)、立派な研究者だから、自身を持って言葉を発するべきだと思われているのでは?それにしても、あのアフロな研究員、以外と良い人でした。

 

 

 

ヒスイのお話が一番好きでした。ちょっと怖そうな最初の印象から、頼りがいのある年配者としての活躍、とてもかっこよかったです。あと一番涙腺に来たシーンもヒスイの話でした。

ヒスイは、特定のパートナーポケモンがいるわけではなく、あまいかおりの薬剤であつまってきたポケモン達に囲われています。小さいポケモンから大きなポケモンまで、幅広くいろんな子がいていいですね。ネイティオは良い味出してる。ポケモン嫌いと言いながらも、常にたくさんのポケモンが一緒に画面に映っているのが良かった。

終盤、カガチに背負われて旧発電所に向かう途中、目的地を目の前にして炎の海が眼前に広がっており、ヒスイはその炎を忌避します。そこで思い出されるヒスイの過去、ブルーを火事で亡くしてから関わることを避けていたポケモン達に、彼女は向き合います。

ここでのセリフで彼女がブルーのことを、「あたしが大好きだったあいつ」と呼ぶのがよかったですね。「ポケモン嫌い」で通っていたヒスイが、「ポケモンのことが好きであった」自身の気持ちに向き合うことで、一歩踏み出すことができた。ブルーが生きていた頃、ヒスイは下手したら誰よりもポケモンを愛していたのかも、と想像することができます。

それと、旧発電所でのヒスイもかっこよかったですね。周りに指示をし、大きな機械を動かすおばあさまは素敵。心なしかブルーに顔が似てる気がします。

 

 

 

ラルゴは謎の少女、もとい市長の娘で、ゼラオラに一番関わりのあるキャラということで、事前の予告では扱われていました。彼女は、風祭りで起こる事件のキーパーソンになります(ネタバレ)。

怪しい行動を取っていたポケモンハンターが事件に関わっているかと思いきや、聖火を盗んだり、風祭りの会場を荒らした犯人は、ラルゴでした。ゼラオラを守りたかった、と涙ながらに告白する彼女の姿を見ると、誰にも相談できず、抱え込ませちゃってごめんね、とふがいない大人側の気持ちになりました。もし子供時代に見ていたらどう思っただろうか。それにしても彼女の行動力はすごいですね!よくあそこまで色々できたものだ……。

幻のポケモンゼラオラと関わりがあるだけでなく、終盤の彼女のセリフも、この映画の重要な要素になっていました(後述)。

 

 

 

ロケット団に盗まれたほうしの薬剤の飛散に伴い火災が発生した変電所で、物語はクライマックスを迎えます。

変電所を中心に、50年前のように燃え広がる炎から、逃げ遅れたポケモン達を助けていくゼラオラ。サトシ達も変電所にたどり着きますが、ゼラオラとのバトルに突入します。

ゼラオラの放つ電撃を、サトシは体を張って受け止めます。いつもピカチュウの電撃を浴びているサトシくんなら余裕ですね。笑うところではないのにニヤケてしまった…。激しいバトルの最中、ゼラオラの放った電撃が、ケガによるコントロールミスにより、炎から救出されていたポケモンの方へ向かってしまいます。危機一髪のところ、サトシが体を張って電撃を受け、ポケモン達を守ります。その姿を見たゼラオラは、バトルをやめて、人間達に協力してくれるようになります。

 

サトシが倒れても、ピカチュウが泣かない! 涙を誘わないピカチュウゼラオラの電撃を受けて倒れた後、比較的すぐ起き上がり、ゼラオラと手を組むサトシ。サトシならそのくらい丈夫で当然ですね。サトシが倒れて動かなくなった時は、また“泣かせる”シーンが来るのか?と身構えましたが、メリープにほおをなめられて、すぐに起き上がるサトシを見て、これは……!と思いました。この流れは良かったと思います。

まあ、ぶっちゃけゼラオラは、今まさに火の手が回っている状況で、いつまでもバトルしててもしかたないと薄々感じているなか、サトシが体を張ってポケモンを守るという派手なことをしてくれたので、ゼラオラも、それをきっかけに、人間に歩み寄った感じになったんでしょ……(妄想)。 

 

 

ゼラオラとのバトルの後、ほうしの薬剤事件もラムのみの薬剤を散布して収束し、あとは山火事の消火を残すのみに。50年前とは異なり、人間達も、消火・救出活動を行います。ここでのラルゴのセリフ。ゼラオラに対し、私たちはポケモンと一緒だと力が湧く、と伝えそれに続き、

ポケモンもそう思ってくれていると、わたしいいなって思うんだ」

ってこれはとても良いのでは??あくまで、人間側の希望的観測として、ぼやかして提示した“ひとりごと”風であるところが特に。人間が大勢見守り応援する中で、ゼラオラは落ちてきた鉄骨を元の場所に戻すことに成功した。ゼラオラが、ラルゴの言葉や人間の応援を聞いてどう思ったかは分からないけど、結果的にうまくいった。もしかしたら、人間なしでもポケモンは上手くやれるのかもしれないけど、人間がいない状況との比較もなかなかできないので、人間がいる時の結果から、きっと、我々人間の応援も、ポケモンに力を与えたんだと思わせてくれる。

ポケモンも人間と一緒にいたいと思っている、と通訳されるの、あんな人間に都合よすぎるポケモンがそんな…と思うし、ポケモン自信がそれを口にするなんてまさかありえない…かったので、そこを避けてくれたのはとてもよかったです。

 

こう、ポケモンと人間の関係性を問う視点を、これまでと少し方向を変えたのは、いい意味でおどろきました。

これまで、ポケモンと人間の関係でよく問われていたのは、「ポケモンが人間と一緒にいることの是非」が主でした。過去、ポケモンと人間との関係を見直した作品に、ゲームメインシリーズの5世代(BW)があります。ここでは、「ポケモンは人間と一緒にいて幸せなのか」と「ポケモンの解放」をうたうプラズマ団が、悪の組織として登場します。

5世代における関係の見直しは、ポケモンの言葉が分かるNの登場など、「ポケモン視点」の代弁によるものでした。また、前作映画では、「ピカチュウの気持ち」を「ピカチュウが人語を発する」と言う形で表しちゃいました…。

今作では、「人間視点」で、私にとってポケモンとは、こういう存在だよ、という思いを明確にするに留めることにより、「ポケモンの気持ち」という存在するのかもわからないもののを出さずに済んだ。「ポケモンの気持ち」を抑えめにしてくれたのが、とてもありがたかったです。

 

 

 

それにしてもゼラオラゼラオラかっこよかったです!廃墟の中で、警戒し唸るゼラオラも好きだし、ポケモン達を助けるために現れ、青く光る電気を纏い、目にもとまらぬ速さでニューラやヘルガーを翻弄するゼラオラもかっこよかったです。その後うつぶせで倒れてるゼラオラもカワイイ。

人間がゼラオラを狙い追いかける悪夢から目覚めた瞬間のゼラオラの表情、めっちゃよかったですね。目を見開き、眉間にしわを寄せ、瞳孔(?)が小さくなり、かすかに開く口元……映画パンフレットでも見ることのできるシーンです。起き上がった後も、サトシ達から距離を取り、低い声で唸る様子の動物っぽさがたまらない。

そして、火災の発生した変電所にて、2度目のカッコイイ活躍があります。こちらの対ピカチュウ戦も、電気ビリビリの激しいバトルになっています。ゼラオラなのでちゃんと「オ"ラ」と鳴いてるんですよかわいい。

ポスターには姿を見せず、予告映像にもちょろっとしか映らなかったゼラオラですが、その限られた出演箇所では、速さ・かわいさ・強さが思う存分発揮されていて、本当によかったです。ここぞという場面で、瞬間的に魅せるかっこよさ、ゼラオラ大人気待ったなしですね!ぬいぐるみ買えませんでした。

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ゼラオラが有名になったせいで、ゲットを狙う人間が山に大勢訪れ、それをゼラオラは迎え撃ち撃退した、というエピソードが語られますが、これ、「珍しいポケモンがいる」と聞いてワクワクしていたサトシも、この「撃退された人間」と同類じゃね?という疑問が涌きました。でもゲームと違ってアニメでは、珍しいポケモンに対するアプローチを、“ゲット”ではなく“バトル”にすり替えてるからギリギリ…か…。

50年前も今回も、どちらも人間が起こした事件なのに、二回目の対応がちょっと良かったからといって、許さざるを得ない感じになったゼラオラも難儀。でやっぱりこうやってポケモン側の事情を考えるとポケットモンスターの世界の根本が揺らぐのでとりあえずスルーで……。

 

 

 

ロケット団の通常コスチュームが変わっていて驚きました。予告だと、変装(ラムのみ売りの格好)しか映ってなかったので。今回の衣装チェンジはちょっとショック…。どうしてムサシを肩出しにしてしまったのか?どうしてムサシだけ肌の露出が増えたのか。

でも、それなりに出番と役割があってよかったですね!いつものように悪いことをしていたら、予期せぬ方向で、事件のきっかけを作るロケット団。ダテにラムのみを売ってただけじゃない。このいつものトリオが出てくると、いつものポケモンアニメの世界線だ、ということを意識できて便利。

 

 

ゲスト声優の山ちゃんが担当したオリバー市長ですが、活躍の場、結構ありましたね。市長として、風祭り運営に関する様々な責任を受け持ち、またゼラオラの真実を知っている数少ない人間でもあります。街のついていた嘘と向きい、消火活動にも先頭に立って参加する姿は、まさにフウラシティ市民の代表であり、市長という肩書きにぴったりだなと思いました。ただ不思議なのは、ラルゴの父としては、歳をちょっと取りすぎでは?市長だからでしょうか????

 

 

TVアニポケのミニコーナーに突如登場したポケチューバーなる存在、いったい何者?と思っていたら、映画の最後にネタバレが!ユーチューバーの流行(?)に乗っかってなんとなく出てきただけだと思っててスミマセン。リクくん!だから声を加工してたんですね。まったく気付かなかったし、そもそも正体が誰かなど考えてもなかった……。それにしてもあのサングラスは犯罪スレスレというか、アウトというか、ポケモン世界のかがくのちからは相変わらずスゴイ。

 

 

ルギア、ホント最後のちょっとしか出番なかったですね!昨年のホウオウと仲良く似たような出番の短さ……。まあルギアは第2作目(ルギア 1999)でメインを張ってたので、今回はそれほど出番がないくらいがちょうどいい感じだったと思います。

当初の予告から、(ルギア 1999)で使われた、フルーラの笛の音のメロディが使われていたので、この映画との繋がりとかオマージュとかあるのかな?と思ってましたが、ほぼ関係ない感じでした。似てるかな?と思ったのは、旧発電所でヒスイが立っていた操作場は、ジラルダンが飛行挺で座ってたところっぽいかな?円形で、上下するし、といったことくらい。

 

 

前作は、記念すべき20作目ということもあり、かなり特殊な、独特の雰囲気の漂う映画だったと思いますが、今作も昨年とは違った点で、過去作からがらっと変えてきたな、と感じる部分が色々ありました。

これまでの映画は、基本的に、メインを張るポケモンありきで、いかにそのポケモンを扱うか、敵になるのか味方になるのか?みたいなところがありました。ですが今回は、人間の物語ありきで、そこにポケモンが絡んでいる形に変えたのが、大きな決断だなと思います。無理に、ポケモンを主役に持ってこようとはせず、でもちゃんと出番も見せ場もあってかっこよかったゼラオラ

ポケモンをメインにする場合、ポケモンと人間の交流&絆か、ともかくパワフルに暴れ回るポケモン、というのがベースでした。また、ポケモンが悩み・成長したりするパターンだと、人語を喋ることが多かったですね。でも今作ではこれらのやり方を避けています。

それと、これまでと違うなと感じたのは、CGを使ったデカい建造物や飛行物とか、ど派手な技とかがほとんどなかったですね。バトルシーンは、力強く格好良く仕上がってましたが、スケールはそれほど大きくなかったと思います。一番大きさがあったのはほうしの薬剤が街を覆う所とか?全体的なサイズ感が小さくなってしまうことは否めませんが、映画だから派手にすれば良いというモノでもないと思うので、この決断も良かったと思います。

一応ちゃんと、古参ファン向けの要素も、少しずつあったと思います。リサとサトシがピカチュウの電撃で黒焦げになるところとか。エピローグの、皆でランタンを飛ばしてるところ、いつもの親子(劇場版で恒例になっているモブキャラ)もいたよねたぶん。

 

 

オープニング曲は、歌ではなくBGMでしたが、まあ昨年OPについて言及されたのが例外だっただけで、(ジラーチ 2003)とか、(フーパ 2015)とかもOPはBGMだったりしたので、いつものこと。BGMについても、ゲーム曲のアレンジもあり、映画用の曲もあり、という感じなのは最近よくあること。前作が、無印のアレンジ多めだっただけで、この辺りは例年と変わらないかなと思います。無事、サントラは初回仕様で買えました。

 

劇場配信ポケモン受け取り、アニメーションではなく、ナレーションだけでした。去年までアニメーションだったよね…?こうゆう形での労力の節約はアリだと思います。

 

映画の一番最後に、「ポケットモンスター ちぢめて ポケモン このほしの 不思議な不思議な生き物」という劇場版恒例のナレーションで締められると、そう、これも、ポケモンの世界なんだ!と再認識させられてよいですね。前作もそうでした。今作ではさらにタイトル文字がどーんと表示されて、ポケモンの、みんなの物語を、自分は観たのだ!と認識させられます。これもグッときた。

 

 

 

ポケモンの映画の可能性がまた大きく広がったという点で、いい映画だったと思います。挑戦は大事。ただ、世間様への媚びっぷりへの不安もまた広がりました。“大衆”からのウケってやつ?ともあれ、「ポケモンの気持ち・思いとは」から離れたところと、ゼラオラがかわいかったのが何よりよかったです。

感想は以上です。

 

 

 

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おまけで、映画の内容とは関係ない話。

まず、Let's Go ピカブイの劇場用CMですが、これまたイマイチ…。常に男の子が主体だったり、父と子でゲームしてる後ろで母が料理を用意してたり、これが“国内向け”か…。

ポケモンハリウッド映画のCMもありました。公式と関係ないところでニュース記事になっていたり(Hollywood reporter)、雑誌のインタビューで少し言及したりしてましたが、ここまではっきり公表したのは初めてかな?

 

そして、映画上映後、来年の予告……。例年は「来年もよろしく」という感じで、あって、登場ポケモンや内容を匂わす程度でしたが、今年は具体的に、『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』ときました。

これは素直に、ミュウツーの逆襲のリメイクということでしょうか?進化、というのはちょっと不安……。オリジナルにおける、物語の結論とかを変えずに上手くやっていただけることを期待します。

にしても、アローラのポケモン達の大半は、スクリーンで動き回ることはないのか……。7世代からポケモンに入った人は寂しくなかろうか……と心配になったり。